2007/01/07

07.1.7 「実りを見るために」

マルコ 4:26-29
:26 また言われた。「神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、 :27 夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。 :28 地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、次に穂の中に実がはいります。 :29 実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。」

ヨハネ 15:16
あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。

序)「実り」
今年に入って1週間たちました。
ぼくの中では、「実り」という言葉が心に響いているようです。
イエス様が今年どんな年にしてくださるのか、楽しみですが、
「実り」という言葉がぼくの中ではポイントになるようです。

昨年は「心をイエス様に向ける」ということが年の初めに響いて、一年を通してそのことを意識しましたが、まさに心をイエス様に向けることによって、救われたこと、癒されたこと、励まされたこと等があり、イエス様がそのことに注目させてくださったことが確認できました。

そして今年は「実り」という言葉。。

まだ、具体的にどうなっていくのかわかりませんが、「実り」を期待したいと思っています。
実りについて聖書を見てみましょう。

1.プロセスがある。
実りとは、実を結ぶことです。
実を結ぶと聞くと、何か行動を起こして、自ら実を結ぶようにしなきゃいけないと捉えがちですが、
今日お読みいただいた箇所を見るとそうとも限りません。
地に種をまくことから始まります。いきなり実を結ぶことはありえません。まずは、種をまくことです。
種をまいているから、実りがあるのです。
種はやがて芽を出します。芽はやがて苗となり、苗は成長し穂となり、その穂の中に実が入ります。そして、その実は成長し、熟していくと、収穫するのです。

種から実りまでには、このようなプロセスがあります。
私たちの信仰生活においても、プロセスがあるのです。

御言葉の種があなたの心にまかれます。その種から芽が出てきます。やがて苗となり、穂がつき、穂の中に実がなり、その実が熟すと収穫するのです。
種がまかれなければ、実はなりません。
実りには必ずプロセスがあるのです。
それ抜きには実りはありえないのです。
私たちの信仰生活においても、このプロセスを意識できるなら、幸いです。

2.人は知らない。
実りにはプロセスがあります。
しかし、そのプロセスの中でどのようにして実りとなるのかは、人は知らないのです。

農夫が種をまきます。
種は人手によらず地によって芽をだし、苗となり、穂となり、穂に実を、そして実は熟していくのです。
農夫はお世話はしますが、芽にすることはできませんし、穂にすることもできません。ましてや、穂に実を入れることもできません。
それは、地がなすのです。

私たちの信仰生活においても、種をまくことはできても、実をならすことはできません。
それは神様の業です。
福音を伝えることはできても、救うことはできないように。。
救うことができるのは神様ですから。

種がまかれてから、実が熟すまでにプロセスがありますが、その途中で私たちができることは何でしょうか。
それは、お世話することです。
具体的にはいろんなことが言えるでしょう。正解はひとつじゃありません。
自分にできることを精一杯やることがそれだと思います。

実が熟すことも私たちができることではなく、神様がしてくださることです。
私たちはその中で自分のできることをしていくときに、神様が熟させてくださることでしょう。
そして、実が熟したとき、収穫するのです。
収穫は私たちがするのです。神様がされるのではなく、私たちです。
そのためには、実が熟しているか、しっかりと見極めないといけないですね。
それは、私たちが精一杯できることをしているなら、わかると思うのです。

「実り」を見るために、私たちができることは何でしょう。

・種をまく。
・精一杯できることをする。
・収穫する。

これだけです。
これらはいろんなことに当てはめて考えられます。

結)実りのために選ばれた。
さて、この実を結ぶのは、誰でしょうか。
それは、私たちです。
ヨハネ15:16に「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、・・」とあります。

実を結ぶため、実りを収穫するために、私たちを神様が選んでくださって、任命してくださったのです。
ですから、私たちは信仰を持って、大胆に種をまき、精一杯のことをし、実りを期待しましょう。
今年、種をまいて、今年収穫できるものばかりではないかもしれません。
今年は種まきとお世話だけで一年たつものもあるでしょう。
また、既に何年も前に種をまいていて、今もお世話中で、今年もまだ収穫できないかもしれません。
そして、今年収穫できる実もあるかもしれません。

いずれにしても、神様は着実に成長させてくださっていると信じます。
そのためにも、今私たちができることを精一杯させていただきましょう。
今年の神様の御業に、神様がなされる実りに期待したいですね。